獣医師のカルテについて⑨~医療記録保管の重要性~
弁護士 小島梓
「獣医師のカルテについて⑧~医療記録の保管~」のコラムにてご紹介した通り、当事務所では、動物病院において、最低でも10年程度は、医療記録を保管いただくことをお勧めしています。今回は、このように法定されている期間以上の保管をお勧めする理由を簡単にご説明します。
(1)証拠としての重要性
カルテや同意書は、万一オーナーから医療訴訟を提起された場合、獣医師にとって極めて重要な証拠になります。
また、医療訴訟でなくとも、たとえば、診療費の返還請求訴訟においても、診療を実施したことはカルテによって立証するしかありませんので、このような類の訴訟においても重要です。
(2)医療訴訟(獣医師に対する損害賠償請求訴訟)
一般的に、不法行為に基づく損害賠償請求権と、債務不履行(診療契約にもとづいて適切な診療をしなかったこと)にもとづく損害賠償請求権が選択的に主張されます。不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者などが損害および加害者を知ったときから3年ですが、債務不履行にもとづく損害賠償請求権は、権利行使可能なときから10年と定められています。
(3)診療費返還請求訴訟
オーナーより動物病院の診療に不服あったなどの理由から、診療費の返還を求められるケースもあります。これは、不当利得にもとづく返還請求であり、この返還請求権の消滅時効は、債務不履行と同様に権利行使可能なときから10年です。
(4)除斥期間
不法行為には、消滅時効のほかに除斥期間の定めもあります。
不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間は、患者様が損害に気づくか否かにかかわらず、不法行為時から20年です。
(5)まとめ
上記を考慮し、本当に念のためということを考えますと、やはり最終診療日から20年間はカルテを保管することが望ましいと言えます。(途中で電子データに切り替えていただくことは問題ありません。)
ただ、ペットの診療における損害にオーナーが全く気付かずに時間が経過するという可能性は低く、被害や加害者を知るのは診療終了後、さほど期間が経過しない時点であるのが通常だと思われます。そのため、基本的には、3年もしくは10年の消滅時効期間が経過すれば消滅となります。
さらに、紙媒体のまま保管をする場合は保管スペースの問題がありますし、データ化したとしても蓄積されていけば容量が限界を迎えることも考えられます。
そこで、当方では、これら諸々を考慮し、バランスをとって将来の訴訟リスクに備えるため、最終診療日から最低10年間はカルテを保管することをお勧めしている次第です。
それぞれの病院で事情は異なるところかと思いますので、迷われる場合には、一度ご相談ください。