馬が受傷・死亡してしまった場合の賠償額⑤馬の個性
弁護士 幡野真弥
今回は、札幌地裁浦河支部平成17年4月21日判決をご紹介します。
ハンターが、未出走の競走馬3頭(軽種馬、牝馬)を、鹿と誤認して誤射し、馬は死亡(1頭は安楽死)してしまいました。
裁判所は、損害について、以下のように判断しました。少し長くなりますがご紹介します。
■裁判所の考え
馬の価格を算定するうえでは、
①馬の個性と、
②一般的に取引において考慮される属性
の2つの要素を考慮する必要がある。
このうち①馬の個性とは、体格、性格など。競走馬・繁殖馬としての稼働を期待しうる可能性がどの程度看取されるかをいう。
②一般的に取引において考慮される属性とは、血統、性別、年齢など。
馬という商品の特徴からすれば、まずその物自体の個性①を優先し、補充的に一般的な②の要素を考慮すべきである。
馬自体の体格、性格、稼働可能性などの個性①は、その馬の個性をよく知る者の供述等に基づいて認定する。
原告法人(馬を所要する法人)の代表者は、本件馬1は3500万円、本件馬2は2500万円、本件馬3は1000万円と評価している。このような原告代表者の馬に対する評価は一応信頼できる。
本件馬1ないし3の血統についても、母馬を同じくする兄弟馬が高額で売却されていたり、レースで活躍しているなど、取引価格を高める要素がある。また、これら3頭の馬はいずれも1歳馬であり、年齢の点では取引価格は高くなる。他方、いずれも牝馬であることから、原告のようなオーナーブリーダーが購入する場合にはともかく、一般的には性別ではやや不利である。また、原告法人は、信用ある売主であり、取引価格を高める要素がある。
他方で、原告代表者本人によれば、同人にも、弱い馬と見たものが予想外の高値で売れたり、よい馬と見たものがレースで活躍できない、という見通しの誤りや、買い手がなく原告の付けた値で処分できないという経済的事情等もある。
本件馬1と父馬を同じくする1歳の牝馬の取引価格は280万円から1060万円という開きがあり、その平均取引価格が605万円となっている。本件馬2及び3については、130万円から600万円という開きがあり、その平均取引価格が345万円となっている。
これらの事情を考慮すると、馬の価格は、原告の主張する金額の半額(本件馬1につき1750万円、本件馬2につき1250万円、本件馬3につき500万円)が相当である。
以上が裁判所の考えです。原告代表者の評価が信用できる根拠としては、「原告代表者は、馬産地の三石町出身で、3歳ころから馬に接し、昭和34年ころから個人企業として競走馬の育成等に関わるようになった。昭和39年には、原告法人を設立した。原告法人は、軽種馬の生産、育成、販売を主な業務としており、他方、馬主として、300頭以上の馬を所有し、100頭前後の競走馬をレースに出走させている。牧場も日本国内には9か所所有しており、日本とアメリカで大規模に上記事業を営んでいる。原告法人は、北海道の軽種馬市場において、多数の繁殖牝馬、当歳馬、種牡馬等を購入し、購入者中、購入額の上位を占めている。また、高額な馬を庭先売買で販売したり、競りに出品するなどしている。原告法人やその代表者が生産したり、所有している馬もレースで多数活躍している」という事情があります。
今回の裁判所の考え方は、原告が馬の専門家であったことから、その意見を重視しつつ、ただ、他方で、損害の控えめな算定という観点から修正をしたように読むことができます。