コロナ禍での防塵マスク等の着用と懲戒解雇に関する裁判例
弁護士 長島功
今回は、さいたま地裁令和3年1月28日の判決についてご紹介したいと思います。
1 事案の概要
原告は医師で、期間の定めがある雇用契約を結び、職位を副院長等として入職しました。勤務開始初日、医師は出勤し、白衣に硬質の素材でできた防塵マスク、青色のゴム手袋を着用した姿(以下、「本件装備」といいます)で院内の患者や職員らにあいさつ回りをし、院長などにもあいさつをしました。
そうしたところ、院長の意向を受けた事務長が原告に対して、院長らが原告の装備を問題視しているため、原告を解雇すると通告しました。またその後に、事務長は、原告に対し「こちらから言ったら外していただけるんですか」と尋ねたところ、原告は、N95規格のマスクを用意してもらえるのであれば、防塵マスクを外すと答えましたが、事務長はこれに応じませんでした。
原告は翌日もクリニックに出勤し、解雇の不当性などを訴えましたが、解雇が撤回されることはなく、数日後病院側はクリニックへの立ち入りを禁止すると通告の上で、解雇理由書を送付しました。
そこで原告は解雇が解雇権の濫用であるとして、雇用契約上の地位の確認と賃金の支払いを求めて訴えを起こしました。
2 裁判所の判断
裁判所は、概要、次のように述べて、原告医師の行為は就業規則の懲戒事由には該当しないと判断しました。
(1)故意又は過失によりクリニックに重大な損害を与えた、患者に対し不自由・不都合な行為をしたという懲戒事由について
原告の姿が奇異であったことから、数名の来訪者から職員に対して新型コロナウイルス感染者が出たのかといった問い合わせがあったという病院側の主張については、このような問い合わせがあったことを客観的に裏付ける証拠はなく、仮にそういった問い合わせがあっても、クリニックに重大な損害が生じたというには足りないし、本件装備の着用自体が患者に対する不都合な行為に当たるということもできない。
(2)破廉恥行為によりクリニックの名誉を汚したときという懲戒事由について
原告の着用していたマスクは医療現場向けでない大仰な形状もので、奇異に感じる者がいるかもしれないが、クリニックにおいて職員の服装に関する特段の規則はないこと、原告は白衣を着用しており、マスクの点を除いて特段奇異な服装をしていたとはいえないことに加え、当時、未知のウイルス感染が拡大傾向にあり、マスクが入手困難な状況であったことは公知といえること、クリニックにおいて代替のマスクを提供する等の対応をしなかったこと等を併せ考えれば、本件装備が上記の「破廉恥行為」に当たるということはできない。
そして,原告の行為がその他前各号に準ずる不都合な行為があったときに当たるということもできず、原告を懲戒解雇したことは、就業規則上の根拠を欠くものであり、無効である。
3 コロナ禍特有の問題が病院内で起きたケースとして、動物病院でも参考になるかと思いましたので、ご紹介しました。
病院側としては、本件装備による患者さんへの影響やそれに伴う病院業務への影響などから、就業規則上の懲戒事由に該当すると主張をしましたが、懲戒事由に該当するかは厳しく判断され否定されています。やはり、懲戒解雇をするには、かなり具体的な影響が生じていることを客観的に示せなければならないといえます。
また、本件は原告医師との話し合いなど、問題解決に向けた適切なやり取りがないまま、入職初日に即日の解雇を言い渡している点にも問題があったと思われます。
本件でもそうですが、解雇が無効と判断された場合、相手は労働者としての地位を有しているため、賃金を支払わなければならず、高額の支払となることが想定されます。
スタッフの解雇の問題で悩まれている動物病院様は、事前に弁護士にご相談されることをお勧めします。