生存の相当程度の可能性を認めた裁判例
弁護士 幡野真弥
人の医師についての最高裁判例ですが、医師の過失ある医療行為と、患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準に適った医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う、とされています(最高裁平成12年9月22日判決)。
獣医療の裁判でも、この相当程度の可能性の侵害を認める裁判例が出ています。
大阪高裁令和 4年 3月29日判決です。以下、判決を引用します。
「被控訴人Y2(※獣医師です)は、平成29年12月17日朝の時点で、患畜である犬Aに腹腔内出血とともに多発性の肝臓腫瘤等を認めており、また、著しい血小板数の減少、PT・APTTの延長、TATの著増があったのであるから、当時、犬Aは肝臓の血管肉腫を基礎疾患とするプレDICの状態であり、被控訴人Y2はそのことを認識することができたというべきである。」
「そして、DICの予後は極めて不良で、予後改善のためには早期診断・早期治療が極めて重要であるところ、DICの治療としては、基礎疾患の治療が最重要であるが、多くの場合はそれのみでは不十分で、DICの主病態である凝固亢進、血栓塞栓症に対処すべく、適切な治療を選択して患者の予後の改善を図るため、血液凝固系検査を実施して、その病型(線溶抑制型、線溶亢進型、線溶均衡型)を分類した上で、これに応じて抗凝固療法、補充療法又は抗線溶療法等を選択して、適切な薬剤の投与等の治療を行うことが必要であるというべきところ(中略)、本件の場合、被控訴人Y2は、上記のとおり、平成29年12月17日朝の時点で、犬Aが肝臓の血管肉腫を基礎疾患とするプレDICの状態であることを認識することができたにもかかわらず、犬Aに対し、上記のような病型分類と治療法選択のための追加の血液凝固系検査やこれを踏まえた治療を行ったことをうかがうことはできないから、この点で被控訴人Y2には犬Aの治療に関し過失があったというべきである。」
裁判所は、このように、獣医師の過失を認めましたが、獣医師が上記のような治療を行っていたとしても、犬Aが死亡を回避することができて高度の蓋然性は認められないとして、過失と死亡との間の因果関係を否定しました。
もっとも「被控訴人Y2には犬Aの治療に関し上記アで説示したとおりの過失があるところ、血管肉腫に対する抗がん剤治療の効果は高く(甲B29)、被控訴人Y2が犬Aに対して行っていた抗がん化学療法による治療は、一般的に、転移を認める血管肉腫であってもその奏効率は86%であること(甲B59)、同化学療法で治療した犬の生存期間の中央値は172日で、平均生存期間は316日であること、血管肉腫の犬の生存期間は多くの場合二、三か月であること(認定事実(1)ウ)、以上の諸事情からすると、犬Aは、被控訴人Y2が上記ア説示に係る適切な検査・治療を行っていれば、平成29年12月26日の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が存在するというべき」として、相当程度の可能性の侵害を認め、慰謝料として、飼い主1人当たり20万円が認められました。
獣医療の裁判で、「相当程度の可能性」が認められた事例は珍しいため、今回ご紹介いたしました。