ペットオーナーからの損害賠償請求
目次
1. はじめに
ペットオーナーからのクレームが発展して、ペットオーナーから金銭の支払い請求を受ける事態になってしまうことがあります。
たとえば、「病気やケガが治らなかった」といって、治療費の返還を請求されたり、あるいは状態が悪化したといって、別の獣医師にかかった治療費の支払いを請求されたりすることがあります。ペットが死亡してしまった場合には、慰謝料の支払いも請求に加わります。
もっとも、法律上、獣医師に賠償責任が発生するためには、いくつか要件が必要です。どんなに手を尽くしてもペットの治療が功を奏しなかったことは残念なことではありますが、法律上の要件を満たさない場合は、獣医師に損害賠償責任は発生しませんので、ペットオーナーからの金銭請求に応じる必要はありません。このような場合は、ペットオーナーに対しては、治療に問題がなかったことを説明し、請求をブロックすることになります。
2. 請求内容について
損害賠償責任が発生する=「過失」のあるケースとは
- 獣医師の「過失」とは
診療契約は、ケガの治癒、病気の改善といった結果を保証するものではありません。手を尽くしても、ケガや病気が良くならないということはあります。診療契約では、獣医師の義務は、獣医療水準にのっとった診療を行うことです。そのため、獣医師が獣医学的に相当な診療を行っていれば、必要な義務を尽くしたこととなりますので、残念ながらそれでも病気やケガが治らなかった場合には、獣医師には損害賠償責任は発生しません。
獣医師に責任が発生するケースとは、獣医師が、獣医療の水準に適った、適切な措置を講じていない場合です。このような場合を、獣医師の「過失」といいます。 - 医療水準の考え方
「医療水準」と一言で言っても、実は、すべての獣医師に同じ医療水準が求められるわけではありません。
まず、一般の開業医であれば、獣医学的に最先端の治療、医学的に最高の治療が、求められる医療水準となるわけではありません。大学病院のように高度の獣医療技術もっていると期待されている病院であれば、それに応じた高度な獣医療を提供する義務を負うことになります。あくまで、一般の獣医として期待されるレベルが医療水準です。
これを超える水準の治療行為を行う必要がある場合は、獣医師には高次の医療機関へ転送させる義務が生じます。
「診療当時」「広く一般に読まれている」「教科書やマニュアルとしての性格を持つ」文献に沿った治療行為であれば、問題ないと言えるでしょう。 - 医療慣行とは
医療水準と似た言葉として、実際に医療現場で広く行われている行為を「医療慣行」ということがあります。医療慣行と医療水準は異なるものです。医療水準とは規範的なもの(あるべき治療という観点から考えるもの)ですので、医療慣行が、あるべき治療という観点から見て、合理性を有しない場合には、獣医師が医療慣行に従って治療していたとしても、医療水準に沿っていないとして過失と評価されてしまうこともあります。
- 獣医師の「過失」とは
損害について
仮に、獣医師の診療に過失がある場合であっても、賠償する責任が発生する損害の項目は、過失と因果関係のある損害です。
過失がなくても、発生した損害については、過失との因果関係があるとはいえません。例えば、すでに支払い済みの治療費は損害とは認められません(不要かつ不適切な治療を行ったのでもない限り、ペットの健康を回復するためには、検査や処方が必要ですし、これらの治療は獣医師の過失によって発生したのではなく、もともと過失とは無関係に必要だったものです。)。また、過失によってペットの健康状態が増悪した場合は、別の動物病院で必要になった治療費は、損害として認められますが、過失とは無関係の治療についての治療費は、損害賠償の対象とはなりません。
3. 主な損害賠償請求の方法について
内容証明など
ペットオーナーからの金銭請求は、ペットオーナー自身が、獣医師に対して、直接請求することもありますし、あるいはペットオーナーが弁護士に依頼して、弁護士から内容証明の方法で請求されることもあります。
民事訴訟(獣医療訴訟)
- 裁判所の判断方法
ペットオーナーとの協議が決裂した場合は、民事訴訟となることもあります。
獣医療訴訟でも、通常の民事訴訟の審理と同じく、裁判所が判決を出すには、一定の事実があると認定されなければなりませんし、事実の認定をするには、証拠が必要です。
獣医療訴訟で最終的な判断の対象となるものは、金銭的に損害を賠償する責任があるかどうかです。「医療行為にミスがあり、そのミスが原因で損害が発生した」という事実(過失、因果関係、損害等)を裁判所が認定できた場合に、獣医師は損害賠償責任を負います。
裁判では、医療記録や獣医学的な知識をもとに、診療当時のペットの全身状態や行われた診療行為を推測し、医学的文献等から、どのような診療行為を行うべきであったのか、実際にどのような診療行為が行われたのか、その診療行為は医療水準に沿ったものであったのかが判断されます。
裁判では、医療記録、獣医学の文献、大学教授の意見書、ペットオーナーとの会話の録音、メール、当事者の証言などが証拠になります。 - 訴訟にかかる時間
裁判は、一日では終わりません。ペットオーナー側と獣医師側とが、お互いに主張を尽くし証拠を提出し、双方の言い分で何が食い違うのか、どの部分が一致しないのかを整理していきます。裁判の期日は、通常は1月に1回程度開かれ、期日の間に主張を書面で交互に提出していくという作業が繰り返されます。そして、双方の主張が尽きて争点が形成されると、当事者等の尋問が行われ、判決となります。裁判にかかる時間は、およそ1~2年位です。 - 和解とは
すべての事件が判決まで進むのではなく、和解(当事者の合意による解決)となることも多いです。和解は、判決と違って柔軟な解決が図れることが特徴です。判決は権利の有無だけが問題になる(法的に賠償責任があるかどうか)のですが、和解であれば、ペットの死に対して哀悼の意を表したり、和解内容を口外することを禁止したり、過失はないもののペットオーナーの心情に配慮し、治療費を返還するといった内容で合意して事件を終了させることも可能です。 - 判決後の対応
判決が出たあと、当事者のいずれにも判決に不服がなければ、その判決が確定します。ペットオーナーの損害賠償を請求を認める内容の判決が出れば、判決内容にしたがった賠償金を支払うことになりますし、ペットオーナーの請求を棄却する内容の判決が出れば、金銭を支払う必要はなく終了します。 - 控訴
判決の内容にどちらかが不服がある場合は、控訴します。控訴した事件を審理する裁判所を控訴審といいますが、控訴審では、すでに第一審で主張や審理を行っているため、新たに主張や立証を一からやり直す必要はありません。追加で主張や立証を行うことも可能ですが、多くの場合は、控訴審では期日は一度のみ開かれ、判決期日も指定されます。そして判決までの間に、裁判官より和解の勧めがなされますが、和解成立が難しければ、判決となります。
控訴審の判決ついても不服を申し立て、最高裁判所に上告することは可能ですが、法律上、上告理由は限定されており最高裁判所で審理がされることはほとんどありません。
- 裁判所の判断方法
4. ペットオーナーへの対応
ご注意いただきたいこと
ペットオーナーからの金銭請求に対しては、治療の経過を説明しつつ、獣医師に過失がなければ、金銭請求には応じられないと回答することになります。過失がある場合は、必要かつ相当な範囲で賠償に応じることになります。
ペットオーナーへの対応として大切なことは、安易な謝罪や、安易な金銭支払いの約束をしないということです。まずは何故ペットに残念な結果が生じてしまったのかを丁寧に説明することが大切です。安易な謝罪や約束は、ミスがあったのではないかと、かえってペットオーナーの不信感を招いてしまうことが多いです。弁護士の利用
損害賠償については、法律的な知識が必要ですし、民事訴訟となる可能性も踏まえて慎重に対応する必要があります。もっとも、感情的になっているペットオーナーに対して、法律的な知識を前提に賠償責任について話し合うことは、専門家でなければ難しい面があると思います。
弁護士であれば、法的な知識を前提にペットオーナーと話し合うことはできます。事実経過を説明し、争点を整理して、示談のための道筋を付けることもできます。また、ペットオーナーと和解する場合には、ペットオーナーと獣医師の双方が合意できるよう条項を調整したり、将来、紛争が再燃しないように適切な条項を設けておくこともできます。
そこで、当事務所では、ペットオーナからのクレームが出てしまった際には、早めに一度ご相談いただくことをお勧めしています。獣医師の先生方よりご相談いただきましたら、当該案件の状況に応じて、具体的な対応方法をアドバイスするとともに、必要に応じて弁護士による介入を検討いただくようにしております。ペットオーナーへの対応については、当事務所のHPの「ペットオーナーからのクレーム対応」も合わせてご覧ください。
ペットオーナーからの金銭請求についてお困りの先生は是非一度ご相談ください。