コラム

裁判例 獣医療訴訟

獣医療に関する裁判例ー麻酔の承諾の有無が争点になった事例

弁護士 幡野真弥

 今回は、東京地裁平成29年7月12日判決をご紹介します。

 患畜は、右前肢に外傷を負った猫でした。咬傷と思われる数か所の外傷が生じており、患部には発赤や腫脹が見られ,患部を押すと膿が排出される状態で、猫は跛行を余儀なくされていました。
 そこで、獣医師は、患部をメスで切開し、ペンローズドレーンを3本挿入して排膿し、洗浄し、消毒し、抗生剤のコンベニア及びバイトリル並びに点滴剤ソルラクトを投与しました。
 麻酔剤の投与を開始してから約15分後、抗生剤を投与した頃に心拍数が減少し心音が弱まりました。
 そこで獣医師は、拮抗薬アンチセダンを投与しましたが、猫は死亡してしまいました。

 飼い主は、慰謝料等110万円の支払いを求めて裁判となりました。
 裁判の争点はいくつかありますが、そのうち1つは、「獣医師に、 猫に麻酔剤を投与して全身麻酔をかけた上で切開治療を行うことを説明する義務があったにもかかわらず、これを怠った」というものでした。飼い主は、獣医師から、猫に麻酔剤を投与して全身麻酔をかけた切開治療を行うことについて、一切説明を受けなかったと主張したのです。 
 獣医師は、説明を行ったと主張しましたが、客観的な証拠はありませんでした。
 ただ、獣医師は、約9ヶ月前にも、今回の猫が左前肢に負った外傷の治療をしており、この時の治療については、獣医師が、あらかじめ、麻酔をかけること等を説明していたという事実は認定できる状況でした。
 
 裁判所は、飼い主が、前回と異なり今回は入院することに同意していたことをもって、今回の傷が前回治療時の外傷よりも重篤であり、そのため今回は、前回治療と同等か又はより侵襲性の高い治療、つまり少なくとも麻酔剤を投与して全身麻酔をかけた上で切開治療を行う必要があることを認識し、そのような治療が行われることを予想していたものと推認できる、と判断し、獣医師に説明義務違反はないという結論を下しました。

 今回の裁判例では、獣医師の説明義務違反は認められませんでしたが、9ヶ月前の治療行為がなかった場合、裁判所が逆の結論を出した可能性もあります。
 獣医師は、飼い主に対して、説明義務を負っています。「言った・言わない」の争いにならないよう、麻酔については、事前にリスク等を説明し、飼い主から承諾書を取得しておくことがベストです。承諾書を取得することができない事情がある場合は、飼い主に対し説明し、了承を得たことをカルテに記載しておくだけでも裁判ではだいぶ事情が変わってきますので、将来の紛争を予防する上で、日頃からの記録化が大事になってくると思います。