治療費の返還について
弁護士 長島功
治療にミスがあった場合、オーナー様からは、ミスがあったのだから、支払った治療費を返して欲しいという請求を受けることがあります。ミスをしてしまったのだから、治療費を返そうということで、獣医師の先生も、オーナー様からの請求に基づいて返されている方は多いのではないでしょうか。
もちろん、治療費相当額を返すということで解決することもあるのですが、法的には、仮にミスがあったとしても、治療費を返すということには必ずしもならないため、以下で解説していこうと思います。
治療費の返還というのは、法的な主張に基づきますと、損害賠償を請求していることになります。ミス、つまり注意義務違反・過失のある治療によって、損害を被ったのであるから、その損害を賠償せよというのが法的な理屈です。ミスによって入院期間が延びて入院費が増えた、別の病院で手術が必要となり追加の手術費がかかった、といったものが典型的な損害で、これらは仮に事実であれば、ミスによって生じた損害として賠償する必要が出てきます。
しかしながら、ミスのあった治療の費用というのは、感覚として損害になりそうにも思えますが、そもそも必要だった治療のはずで、ミスによって余計にかかったものという訳ではありません。人医の裁判例ではありますが、東京地裁平成18年7月28日の事案でも、手術に過失があったことを認めた上で、「この治療費については、診療行為の内容が契約当初に予定された範囲に属する限りは、原告(患者)が支払うべきであって、診療行為に違法な点があったことにより増加した部分についてのみ、当該違法行為によって生じた損害と評価すべきである」と判示しています。
ですので、仮に治療にミスがあったとしても、基本的に当該治療の費用は損害とはならず、法的には支払った治療費を返す必要はないことになります。
もっとも、誤診などに基づいて、必要のない治療を行っていたり、或いは当該治療を行うにあたって、リスク説明などをしておらず、適切な説明を事前に受けていればその治療をオーナー様は選択しなかったといえるような場合には、本来、その治療費はかからなかったといえるため、損害となる場合もあります。
このように、オーナー様とトラブルになり、金銭請求を受けた場合には、何が損害となるかというのは、本来冷静に考える必要があります。
獣医師の側でもミスがあったと認識しているような場合には、ついオーナー様からの請求どおりに、支払をしてしまいがちで、結果として過剰な支払いをしていることもありますので、オーナー様とのトラブルで金銭請求を受けているような場合には、一度弁護士にご相談だけでもされることをお勧めします。