コラム

獣医師が、猫の急性腎障害を見逃したかどうかが争点になった裁判例

 東京地裁令和 3年10月7日判決をご紹介します。

 患畜は、三毛猫の雌(死亡時の推定年齢16歳)でした。
 飼い主は、平成21年12月25日から、慢性腎臓病の治療目的で、被告となった動物病院で、輸液治療を受けさせていました。
 平成25年9月23日、尿に血が混じっていたことから、飼い主は猫を連れて動物病院を訪れ、獣医師の診察を受けさせました。獣医師は、細菌性膀胱炎と診断しました。
 猫は、翌24日から入院しました。獣医師は、同日から同月27日まで、静脈点滴による補液を実施するとともに、バイトリル、アンピシリン、アムロジン、フォルテコール、Lアスパラギン酸Kを投与しました。
 9月27日、獣医師は、いったん猫を帰宅させることとし、飼い主は自宅に連れ帰りましたが、28日午前1時頃、死亡してしまいました。

 飼い主は、平成25年9月23日の時点で急性腎障害を疑うべきだったのに、これを怠ったなどと主張していました。平成25年9月23日の時点で尿に血液が混じっており、この時点で細菌性膀胱炎に罹患していた上、BUN値は同年7月27日には53.8mg/dlであったのが、同年9月23日には87.9mg/dlまで上昇しており、短期間に大きく悪化していたから、獣医師にマリの急性腎障害を疑うべき注意義務があったという主張です。

 裁判所は、「平成21年12月頃には、慢性腎臓病のため、(大学の病院)に入院して点滴加療を受けたことがあった上、その頃から、被告病院に週2回通院して定期的な皮下輸液を受けるようになり、時々入院して静脈点滴を受けることもあり、平成23年3月頃には通院回数が週3回に増え、平成21年12月から平成25年4月にかけて,CRE値は基準値を上回る値で推移し、BUN値も概ね基準値を上回る値で推移していたのであるから、平成25年9月当時、既に3年以上にわたって慢性腎臓病を患い、間欠的な通院による皮下輸液療法だけではなく、間欠的な入院と静脈輸液療法が繰り返し必要な状態まで病態が進行していたものと認められる。
 そして、(本件の猫)は、平成25年7月17日には、CRE値が3.7mg/dl、BUN値が65.6mg/dlまで悪化したものの、皮下輸液を受けた結果、同月27日には、CRE値は3.1mg/dl、BUN値は53.8mg/dlまで改善していたのに対し同年9月には、17日、19日、21日に皮下輸液を受けたにもかかわらず、同月23日のBUN値が87.9mg/dlまで上昇していたのであるから、病態が悪化し、皮下輸液に反応しなくなってきたものと考えられる。
 そうすると、同日認められたBUN値の上昇は、徐々に進行していた慢性腎臓病がさらに増悪したことを示す所見と見るのが自然であり、直ちに急性腎障害を疑うべき所見であったとはいえない。また、平成25年9月23日当時、猫には血尿があったものの、排尿量は通常で、尿量低下(無尿ないし乏尿)は認められなかった上、繰り返し吐く、下痢をする、体温が下がる、けいれんする等の症状も現れていなかったのであるから、慢性腎臓病に加えて急性腎障害を発症していたことを疑うべき所見があったとはいえない。
 以上によれば、同年9月23日の時点で、急性腎障害を疑うべき注意義務があったとは認められない。」と判断しました(読みやすくするために判決文は一部修正しています)。

 事例判断ですが、獣医師の過失(注意義務違反)の有無の判断について、参考になる裁判例です。この事実経過であれば、獣医師に急性腎障害の見逃しがあったとはいえないという判断は、妥当なものと思われます。