獣医療に関する裁判例~犬の糖尿病治療について、獣医師にインスリンの投与を怠った過失があると判断された事例
今回は、東京地方裁判所平成16年5月10日判決です。
■事案の概要
日本スピッツ犬のオーナー(夫婦)は,旅行先で受診した動物病院で高血糖を指摘され,インスリンの投与を勧められました。
そして、オーナーは、かかりつけの動物病院を受診したところ,その日行われた検査の結果、高血糖、尿糖、ケトン体が確認され、嘔吐も頻繁にみられるようになりました。翌日から動物病院に入院し、食事療法及び輸液療法が行われ、経口血糖降下剤(スルフォニル尿素剤)等が処方されましたが、インスリンの投与は行われませんでした。犬の状態は入院5日目に悪化し、オーナは別の動物病院に転院させてインスリンの投与等の治療を受けましたが、犬は翌日に糖尿病性ケトアシドーシスが進行したことが原因で死亡しました。
■裁判所の判断
裁判所は、犬の臨床症状や検査結果を詳細に認定した上で、早期に治療が必要とされている糖尿病性ケトアシドーシスを発症していたものと認め、糖尿病に対する食事療法や運動療法を行うほか、犬の状態を監視しながら、輸液療法及びインスリン療法を行い、重炭酸塩療法の実施を検討すべきであったと判示し、経口血糖降下剤(スルフォニル尿素剤)の投与は犬の糖尿病治療として適切であるとはいえず、獣医師の注意義務違反(過失)を認めました。
そして、過糖尿病・糖尿病性ケトアシドーシスに対する積極的かつきめ細かな治療が開始されていれば、少なくとも糖尿病性ケトアシドーシスの急速な進行による犬の死亡は避けられたとして、獣医師の過失と犬の死亡との相当因果関係を認め、獣医師に不法行為の成立を認めました。
損害として、治療費の一部、葬儀費用(1万円)、弁護士費用のほか、犬がオーナー夫婦にとってかけがえのないものとなっていたとして、慰謝料として夫婦それぞれに30万円ずつを認めました。
■まとめ
本裁判例は、犬の糖尿病の特徴、犬の臨床症状や検査結果を詳細に検討し、獣医学的な知見に基づいて、獣医師の過失を判断しています。
本判決が認めた慰謝料額は、それまでの裁判例の中では高額なものでした。もっとも現在では、慰謝料30万円という金額が裁判で認められることは通常であり、30万円より高額な慰謝料を認める裁判例も存在します。
浜松町アウルス法律事務所
弁護士幡野真弥